タイトル 世界のごみ箱

四つ葉のクローバーの話

 世の中に迷信と言われているものは多い。それを信じる,信じないはもちろん個人の自由なのだが,筆者などは根が楽観的なものだから好ましい迷信は信じ,好ましくないものは気にしないことにしている。「茶柱が立つといいことがある」などはほとんど意味はなかろうと思うのだが,友人の入れてくれたお茶がたとえ入れ方が下手でお茶っ葉ばかりであっても,またそのお茶が摩周湖のように美しく澄んでいたにしても,茶柱が一本立っているだけで,話しのねたにもなるし,なんとはなしに,和やかになるものである。  同様にほほえましいものとして「四葉のクローバー」が挙げられる。小さい頃,辺り一面のクローバーの中にうずまりながら,一生懸命四葉を探した思い出は,きっと読者諸子の中にもあろう。
 先日,学内でクローバーの群落を見つけ,つい郷愁を誘われて四葉を探していた。するとそれを見ていた友人が「四葉もなあ,一つ見つかると次々見つかるからつまらないんだよな,結局突然変異なんだろ。」と言う。ふん,夢もかわいげもない奴め,と思いながらふと横に目をやると,なんと六葉のクローバーを見つけた。しかも,その友人の言うようにそこらにいくらでも六葉がある。やっぱり突然変異で遺伝的なものなんだなあと思いながら,ふと目をやるとそこは化学系の建物の前だった。原発の近くには四葉のクローバーが多い,というまことしやかな噂も聞いたことがある。「五葉のクローバーは不吉」という迷信もあったが,この時ばかりはあまり気分のいいものではなかった。
 生物は,機械と違い汚染物質を濃縮する。これが環境汚染の恐いところだ。機械で測って問題のない濃度であっても,一旦自然の食物連鎖のルートに乗ると決して無視できない濃度にまで濃縮されることがある。食物連鎖の最上位にいる人間に影響があるのかないのか,きちんと見極めるようにしたいものだ。(1993年11月頃)
※ この文章は,学生時代にミニコミ誌『みどりむし』にコラムとして書いたものです。
四つ葉


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